チラシの裏の日記(BGP)

【6月某日】 なんとか7月に非番・休み・休み・午前休を確保した。後発だがベルーナも確保した。 何としてもいかねばと思ったからである。 なぜか異動が6月にあった。しかも2年目入った瞬間である。普通ないらしい。 内々にそれっぽいことは言われていたし、異動自体は自分の精神状態にとってはとても良かった。が、場所が場所。 そう、山奥。異動前だったら大阪まで車で最速2時間半くらいというところだった。 異動先は山奥。大阪まででさえあらゆる経路でコミコミ4時間半以上。ただ救いかな、上の人はいい人。 何も言わずともいろいろ調整してくれた。多分一生付いていくといっても過言ではない。本当にありがたい。

【7月某日】 新幹線・ホテルを何とか手配した。それどころではない。 楽しみ?慈しみ?悲しみ?達観?もうこの時点で感情が既にグチャグチャだった。 《プレイリスト/「あの日」》 置き配でAmazonがセットで届けてくれたものは後々よく見たら箱角が潰れていた。絶対に許さない。 そんなことは正直よくて、聞いた瞬間、今までの感情がフラッシュバックした。 豊洲・パシフィコに行けなかくて悔しかったあの日。どうにか頑張って1st福岡に行く飛行機に乗った、現地にいたあの日。 本当にいっぱいの状態で、今日行かなかったら留年という状態で、行った1st東京のあの日。などなど ...蓮ノ空にかかわった「おかげで」それはもうとめどなくある、「あの日」を思い出す。 思い出す、が、それだけ。今の感情の居所は、ずっと追ってきた蓮ノ空103期の集大成となるところにやっといける、それだけ。

【7月10日】 なんとかどうにか夜業も終わり物を詰め込み特急を乗り継ぎ新幹線に乗った。眠くて眠いが3時間強の新幹線で気絶できると思う。 もう感情の居所がわからなさすぎて駅では一生喫煙していた。多分人類のためなら気絶したほうがマシであろう。

【7月11日㋵】 いや、もうわけわからんが?そもそも最初からで大号泣してしまった。 隣の人はドン引いていた。そんなことはどうだってい。もうどこに感情を書きなぐればいいのだろうか。 いや、ここか。

【7月12日㋵】 いや、どういうことかいまだに正直理解していない。もうわからない。 覚えているのは楡井希実さんが、「歩んできてくれた人がここにたくさん」、と言ったタイミングでもう感情が崩壊したことだけ。 何某のインタビューで「埋められなかった」、「福岡リベンジ」と言っていたあの1st福岡。 その時から私の目には既にずっと輝いていた。でも、そして、あなたはそこから自分の「花咲く」という夢を叶えた。 それが私の、みんなの夢になっている。もうなんと言っていいのやら。 ありがとう、ここまで連れてきてくれて。いったん、しばらく、これからも。